皆さんこんにちは。今日は冷たい雨が降っています。そのお陰で、なんとか灯油を使い切ることができそうです。地味にストレスだったのでありがたい。先日、患者様から教えていただいたのですが、古い灯油はガソリンスタンドで処理していただけるそうですね。でも持っていくのがひと手間です…灯油、高かったし!
では、生気通天論の続きをどうぞ。
生気通天論篇 第三(其の8)
岐白先生が言います。
陰は精が漏れ出さないよう内にとどめて、陽気を支えます。陽は人体の外を守って強靭にします。陰気が陽気に勝たなければ、脈の流れは激しくなり、精神錯乱を併発します。陽気が陰気に勝てなければ、五臓の気は調和せず、人体にある九つの穴は閉じて塞がってしまいます。聖人は陰陽を偏ることなく協調させるので、筋肉と脈はお互いに強調し合い、骨髄は強健であり、気血はその正しい流れに従うのです。体内体外が互いに協調し合えば、外邪が人体を侵すことはありません。耳は良く聞こえ、目は良く見え、気は正常に運行するのです。
風邪が侵入し、だんだん深部へ浸食していくと、精が消耗されます。これは肝が風邪によって損傷されたためです。暴飲暴食が過ぎれば、筋肉や脈が緩み、下痢や痔になります。大酒がすぎれば、気が上逆します。体力を身の丈以上に使いすぎれば、腎の気が損傷してしまい、腰部の骨も損傷してしまいます。
陰陽で重要なことは、陽気が緻密であれば陰気は体内を強固に守るということです。陰陽が互いに調和しないということは、春があって秋がなく、冬があって夏がないようなものです。陰陽の調和をなす、これが健康に生きるうえで最上の法則です。陽気が昂って緻密でなくなってしまうと、陰気は消耗してしまいます。陰気が安定し陽気が緻密であれば、精神状態は正常に保たれます。陰陽が調和せず乖離してしまうと、精気は消耗されます。
黄帝内経は、皇帝と岐白先生の対話形式で構成されています。聡明な皇帝が尋ね、岐白先生がそれに答える形です。
ここで重要視されているのは、陰陽の調和ですね。陽がしっかりしていれば陰は守られ、また陰がしっかりしていれば陽が守られる、としています。それにより、人体の調和は外的環境や精神的ストレスに害されることなく、健康に保たれます。
そして、よく出てくる「精」という概念。精には先天の精と後天の精があるとされています。先天の精とは父親と母親から受け継いだ根源的な生命エネルギーのようなもので、生まれる前から持っています(受精卵の時点では、ご飯も食べられないし、へその緒を通してお母さんから栄養をもらうこともできませんもんね)。これは腎に収められているとされていて、これを使いすぎずどう補っていくかで、寿命が決まります。後天の精とは、飲食物を消化したときに生成されるものです。エネルギー(気)や栄養物質(血)の素です。後天の精も腎に収められ、必要としている臓腑に配布されます。
ただ「精」と言ったり「精気」と言ったりしているところに、何か意味があるのかなぁと。精と聞くとなんとなく物質的なものをイメージするけれど、精気と聞くと機能なのかなと思います。そもそも東洋医学の概念では、便宜上物質と表現しているものがあっても、実体はありません。経絡にしろ臓腑にしろ気にしろ血にしろ、目に見えないもののはずです。となると、この表現に何の違いがあるのでしょうか。こういう些細な表現が、理解を難しくしているんですよねぇ…。皆さんはいかがでしょうか。すんなり飲み込めていますか。
では今回このへんで。最後まで読んでいただき、ありがとうございます。一緒に健康になりましょう。うちの桑の木のように(めっちゃ元気)。